【和田誠氏逝去】平野レミとの馴れ初めが知りたい!

和田誠 平野レミ 馴れ初め

イラストレーターの和田誠さんが肺炎のため、東京都内の病院で逝去されました。

83歳でした。

和田誠さんは料理愛好家の平野レミさんのご主人です。

この度の訃報に際して、平野レミさんが発表したコメントがネット上で話題になっています。

今回は和田誠さんと平野レミさんの馴れ初めについてまとめてみたいと思います。

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和田誠の奥さんの平野レミってどんな人?

和田誠 平野レミ 馴れ初め
名前:平野 レミ(ひらの れみ)
本名:和田 レミ
生年月日:1947年(昭和22年)3月21 日
職業:料理愛好家、タレント、シャンソン歌手
出身地:東京都
 
 
ハイテンションで早口で喋りまくるのが特徴的な料理愛好家。
 
独創的な料理のアイディアは抜群。
 
番組内で材料のトマトを手で握りつぶしたことからクレームが殺到したこともあるそうですよ(笑)
 
一部のファンからは「生きる放送事故」などのあだ名がついたことも(笑)
 
私の中で、平野レミさんは藤井隆の番組が印象に残っていますが大好きですね。
 
楽しくて面白い!
 
一緒にいたら疲れるくらいの人の方が私は好きです(笑)
 

和田誠さんの経歴は?平野レミとはいつ結婚したの?

 
和田誠 平野レミ 馴れ初め
 
名前:和田誠
生年月日:1936年4月10日
職業:イラストレーター、エッセイスト、映画監督
出身地:大阪府
 

東京都立千歳高等学校(現在の東京都立芦花高等学校)を経て、多摩美術大学図案(現在のデザイン)科を卒業。

1959年に広告制作プロダクションのライトパブリシティにデザイナーとして入社。

のちに東海道新幹線の車体の色の参考になったと言われている、タバコ「ハイライト」のパッケージデザインコンペで採用されました。

1984年に真田広之さん主演の『麻雀放浪記』や、小泉今日子さん主演の『快盗ルビイ』などで映画監督としても活躍しています。

週間文春の表紙は1977年から担当していました。
 
奥さんの平野レミさんとは1972年にご結婚されています。
 

和田誠さんへの平野レミさんからのコメントが話題に?

和田誠 平野レミ 馴れ初め

平野レミさんは、和田誠さんの最期について11日にコメントを発表しています。

1年ほど前から体調を崩し自宅で療養していました。7月より都内の病院に入院していましたが、肺炎を患い、最後は家族みんなに見守られながら、安らかにお別れをしました。

肺炎を患ってからはご飯を食べられなかったので、和田さんが好きなご飯をたくさん作って、安らかな顔の横に置いてあげました。

最後の料理を作っている時はすごく幸せで、「私にとっての一番の幸せは、和田さんにご飯を作ることだったんだ」とあらためて気付きました。47年間、私の料理を美味しい美味しいって食べてくれて、本当にありがとう。安らかにね。

 

思わずうるっときてしまいました。

大好きな和田さんに美味しいご飯を作ることが、レミさんの幸せだったのですね。

ご飯を作り、それを食べるという何気ない日常が一番の幸せなんて本当に素敵ですよね。

47年間、紡いできた想いが最期のご飯にも込められていたと思います。

和田さんも、こんなに愛されて幸せな最期でしたね。

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和田誠さんと平野レミさんの馴れ初めは?

和田誠 平野レミ 馴れ初め
和田誠さんと平野レミさんのお二人は、1972年にご結婚されています。
 
きっかけは和田さんの一目惚れだそうです。
 
和田さんはテレビに出演した平野さんを見かけたのですが、生放送で声が出なくていきなりストップをかけた平野さんに興味津々だったそうです。
 
その後、当時ラジオで平野さんと共演していた久米宏さんに会わせて欲しいとお願いした和田さん。
 
しかし、久米宏さんに「やめときなさい」と断られてしまいます(笑)
 
しかし、めげずに知り合いのディレクターに頼み込んだ和田さんは、またもや「責任は持ちませんよ」などど言われてしまいます(笑)
 
その後、TBSの地下のしゃぶしゃぶ屋さんでやっと二人で一緒にご飯を食べたそうです。
 
その時にしゃぶしゃぶのタレを「この付けるタレ、何で出来てるの?」と仲居さんに聞いた平野さんを和田さんは「この人の料理はうまそうだな」と思ったそうです。
 
なんとお二人は出会ってから一週間で結婚されています。
 
しかし、その事を和田さんは「少し大げさ」と否定しています(笑)
 
きっかけは和田誠さんの一目惚れですが、平野さんもしゃぶしゃぶ屋さんで食事をした時に、博識な和田さんをお父様に似てインテリで素敵だと思い、すぐに惹かれたそうですよ!
 

まとめ

和田誠 平野レミ 馴れ初め
初めてのデートですでに平野さんの料理上手を見抜いていた和田さん。
 
お二人の47年間の生活も、その終わりまで美味しい料理と一緒でしたね。
 
一緒に食べた美味しい料理の思い出を最期まで大切に出来て、最期まで幸せだったと思います。
 
心よりご冥福をお祈りします。

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